|
花火をみる
この川崎に引っ越したのは四十三年前になるが、毎年のように二駅先の登戸の花火大会に行った。線路を挟んでの多摩川の河川敷はぎっしりと人で埋まり、早めに出かけてもナイヤガラの端がやっと見えるくらいだった。当時はこのあたりはまだ田舎で街は狭く、花火大会は大きな行事。親戚の子供も誘って大勢で出かけた。
何年か経って、成人した息子達が家を出て、家は夫婦だけになる。その頃、私の家の東側に建っている幼稚園が木造の建物から鉄筋の二階建てに変わり、これまで登戸まで行かなくても家から見えていた花火が見えなくなった。
その代わり西側のよみうりランド遊園地の花火大会が始まる。この花火は家から近いが、私の家は平屋なので、近くの木の上に見える花火は下の方が欠けてみえる。丸い形の花火がどうしても見たい。
夫婦二人の生活では、不必要と思えたが、息子家族が来たとき泊まる広い部屋が欲しい、と言い訳をして二階を増築することになった。花火を見るのが一番の目的なので部屋の四方に窓をつける。
二階から見るよみうりランドの花火はそのままの姿で綺麗に見えるようになった。当日になると、小さい孫たちを呼んでお菓子をつまみながら西側の窓に並んで花火を眺めた。

時代が流れて、読売ランドの花火も登戸の花火も中止となった。
その頃から北側の多摩川に上がる調布の花火を見るようになる。北の窓から見る花火は家から大分遠くて小さいが、窓の正面から一直線に見えて、近くに遮るものが無い。暗闇の中からあがってくる花火は夜空に美しい彩りを見せる。家の中にいるまま、椅子に腰掛けて花火を眺めた。
そして今から十数年前、その花火を共に見ていた相手がいなくなった。
前と同じようにその季節になると花火の開始をしらせる音が北から聞えてくる。二階に上がって一応北の空を眺め、花火のあがっているのを確認するが、じきに階下におり居間にもどる。
春秋苑でも、八月の終わり、還燈会の最後に花火が上がる。この花火は家から近いので、幼稚園の屋根のすぐ上に大きく見える。けれど、花火の音がしても、やはり二階でゆっくり眺めることは無い。
花火の輝きに、思わず声を出したらそれに応じる声を聴きたい。言葉を言ったら、傍から、返ってくる言葉がほしい。
一人で見る花火もきれいには見えるけれど、何だか満たされないのだ。居間で一人見るテレビのドラマやニュースは、求めるものがないのでこれは穏やかに過ごせる。
現在のような豪華な花火ではなかったのだろうが川にかかる鉄橋の上を走る夜の電車を横にみながら、狭く大混雑していた登戸の道をなんとも思わず行き来していた頃の自分の若さを思い返している。
課題 夏祭り
H18/09


|